7 徳トク育イク 330 一週間イッシュウカンでおかげをいただいたとか、
二週間ニシュウカンでおかげをいただいたとか言イうが、
318 母ハハの胎内タイナイは器ウツワのようなものである。 それは一時イチジ、
水ミズは円マルい物モノに入イれれば円マルく見ミえ、 神カミがその病気ビョウキをつかまえてくださるだれのことであって、
四角シカクの物モノに入イれれば四角シカクに見ミえる。 治ナオったと思オモうと当アてが違チガう。
母親ハハオヤが真マコトの心ココロを持モち、 大体ダイタイ、重オモい病気ビョウキは三年サンネンとか五年ゴネンとか、
神カミの子コが胎内タイナイにいるという尊トウトい心ココロ持モちで、 また十年ジュウネンもたたなければ治ナオるものではなく、
家業カギョウを潔イサギヨく勤ツトめ、 もとの体カラダにはなれない。
親オヤ兄弟キョウダイに親切シンセツをして、 その代カわり、
信心シンジンに油断ユダンなく、 もとの体カラダになれば、
教育キョウイクにも油断ユダンがなければ、 もう患ワズラうことはない。
よい子コが育ソダち、 神カミが病気ビョウキを治ナオしてくださる時トキは、
先祖センゾへの無礼ブレイもなく、 病気ビョウキの根ネから取トり払ハラってくださるのである。
国クニも栄サカえるもとになる。 腹ハラの中ナカに病気ビョウキという一本イッポンの木キが生ハえたとすると、
日々ヒビ家業カギョウを勤ツトめる心ココロと真心マゴコロとを失ウシナわないよう、 それを枯カらそうとして医者イシャは薬クスリを使ツカうが、
今月コンゲツ今日コンニチで信心シンジンするがよい。 枝葉エダハはすぐ枯カれても根ネは残ノコる。
根ネが残ノコるから、
319 食物ショクモツを粗末ソマツにすると罰バチが当アたると言イうが、 また生ハえる。
そういうことは言イわない方ホウがよい。 神カミが治ナオしてくださるのは、
子供コドモには、 暇ヒマがかかる代カわりに、
叱シカるより教オシえてやれ。 病気ビョウキの根ネから治ナオしてくださる。
穀物コクモツを作ツクるのは農家ノウカであるが、
神カミのお恵メグみがなければできるものではない。 331 長患ナガワズラいの人ヒトや代々ダイダイ難儀ナンギの続ツヅく人ヒトが、
神カミのお恵メグみをいただく心ココロになるよう、 神カミのおかげを受ウけるのは、
子供コドモに教オシえてやれ。 井戸イド替カえをするようなもので、
八ハチ、九キュウ分ブ替カえて、
320 信心シンジンしていれば、 退屈タイクツしてやめれば掃除ソウジはできない。
冗談ジョウダンにでも悪ワルいことを言イってはならない。 水ミズはやはり濁ニゴっている。
言イうとおりになってくる。 信心シンジンも途中トチュウでやめれば病気ビョウキ災難サイナンの根ネは切キれない。
子供コドモを叱シカるのでも心得ココロエておれ。 井戸水は清水(せいすい)になるまで、
あほうをするな、 病気ビョウキ災難サイナンは悪ワルい根ネが切キれるまで、
ばかばかなどと、 一心イッシンに神カミへ願ネガい、
言イったり叱シカってはならない。 健康ケンコウで繁盛ハンジョウするように元気ゲンキな心ココロで信心シンジンせよ。
お利口リコウだからするな、
と言イえば、 332 「長ナガらくの病気ビョウキですが、
子供コドモもお利口リコウだからやめようと思オモって利口リコウになるが、 治ナオるでしようか」
あほう、あほうと言イうと、 と伺ウカガったところ、
あほうだからしてやれと思オモって、 金光コンコウ様サマは、
あほうになる。 「病気ビョウキが治ナオるのがよいか、
どうしても言イうことを聞キかない時トキは、 治ナオらないのがよいか。
黙ダマって尻シリをつねっておけ。 治ナオる方ホウがよいのであろう。
治ナオしてもらいに参マイって来キたのに、
321 子供コドモを叱シカり叱シカり育ソダてるな。 治ナオるであろうかと思オモってはならない。
叱シカり叱シカり育ソダてると、 今日キョウからしだいに全快ゼンカイにおもむくと思オモえ。
大オオきくなって道楽ドウラク者モノになる。 しだいしだいによくしてもらい、
また、 体カラダが丈夫ジョウブになってきさえすれば、
恐オソれさせ恐オソれさせ育ソダてると臆病オクビョウになる。 年トシはとっても病気ビョウキは治ナオる。
しだいによくなると思オモって信心シンジンせよ」
322 子供コドモの頭アタマをたたくより、 と仰オオせられた。
自分ジブンの頭アタマをたたけば、
すぐおかげになる。 333 祈イノれ薬クスリれ、
にすればおかげも早ハヤいが、
薬クスリれ祈イノれ、
にするからおかげにならない。
8 病気ビョウキ 334 痛イタい所トコロがあったら、
お神酒(みき)をつける心(こころ)になればおかげがある。
323 体カラダの丈夫ジョウブを願ネガえ。
体カラダを作ツクれ。 335 お参マイりをして、
何事ナニゴトも体カラダがもとである。 ありがたい話ハナシと思オモって聞キいている時トキには心ココロが円マルい。
わが家イエでいろいろのことが思オモわれる時トキには腹ハラが立タち、
324 痛イタいのが治ナオったことだけがありがたいのではない。 心ココロに角カドが立タつ。
いつも健康ケンコウであるのがありがたいのである。 腹ハラを立タてると、
顔カオやくちびるまで色イロが変カわり、
325 神カミがお造ツクりくださった人間ニンゲンであるから、 また、体カラダの弱ヨワい人ヒトは頭痛ズツウがしたり、
病気ビョウキにかかった時トキに、 癪(しゃく)の病気(びょうき)がある人(ひと)は腹(はら)がさしこむようになったりして困(こま)る。
神カミに頼タノんで健康ケンコウにしてもらうように願ネガうのは、 それは、
道理ドウリにかなった信心シンジンではないか。 腹ハラが立タつと、
その勢イキオいで体カラダが固カタくなり、
326 みな、 血チの巡メグりがとまるからである。
病気ビョウキの名前ナマエや病気ビョウキのもとは不思議フシギによく知シっているが、 それで体カラダに障サワりが出デる。
おかげの受ウけられるもとを知シらない。 腹ハラが立タつのが少スコし治オサまると、
病気ビョウキのもとよりは、 とまった血チが働ハタラき出ダす。
おかげのもとをたずねてみよ。 腹ハラが立タつ時トキには、
心ココロの鏡カガミを磨ミガいてもらうように、
327 信心シンジンしているから一生イッショウ患ワズラわないと思オモうな。 神カミを頼タノむ心ココロに改アラタめるがよい。
日ヒや月ツキでも、 信心シンジンして病気ビョウキにならないようにするのが、
日食ニッショクもあれば月食ゲッショクもある。 わが心ココロでわが身ミを助タスけるということである。
そんな道理ドウリのものである。
信心シンジンしていても、
人ヒトの身ミは生身ナマミであるから患ワズラうことはあるものと思オモい、
また、
患ワズラっても死シなないと心ココロに決キめておけばよい。
328 鉄テツでも使ツカえばすり減ヘる。
人間ニンゲンは生身ナマミであるから痛イタいかゆいがあるのは当アたり前マエである。
鍬クワでもでも刃先ハサキの焼ヤき直ナオしをしたら、
はじめよりよく切キれるようなもので、
人間ニンゲンも時々トキドキ痛イタいかゆいがあるのは刃先ハサキの焼ヤき直ナオしである。
これがもとで信心シンジンもできるようになり、
これが修行シュギョウになって信心シンジンも進ススんでいく。
人間ニンゲンは勝手カッテなものであるから、
痛イタいかゆいがあると信心シンジンができるが、
何事ナニゴトもなかったら信心シンジンが寝入ネイる。
329 信心シンジンしていて病気ビョウキで苦クルしむ時トキは、
刑ケイの取トりさばきであると思オモえばよい。
辛抱シンボウせよ。
その辛抱シンボウが信心シンジンである。