4 家庭カテイ 5 信心シンジンの継承ケイショウ
298 家族カゾク中ジュウ、 309 金光コンコウ大ダイ神カミの話ハナシを聞キいて信心シンジンする人ヒトは、
神カミのことを忘ワスれるな。 その子孫シソンが安心アンシンに日ヒを暮クらすようになる。
何事ナニゴトがあっても人ヒトに頼タヨることをするな。 子供コドモに安心アンシンのことを伝ツタえるのは、
良ヨいことも悪ワルいことも、 真マコトの信心シンジンである。
神カミ任マカせにせよ。
心配シンパイをするな。 310 信心シンジンは何ナニを目的モクテキにすればよいか。
世ヨは変カわるものである。 病人ビョウニンは痛イタいのを治ナオしてもらいたいと願ネガい、
辛抱シンボウせよ。 健康ケンコウな者モノは、
とかく、内輪ウチワはきげんよくせよ。 作物サクモツがよくできるようにとか、
ものの言イい方カタでも、 商売ショウバイが繁盛ハンジョウするようにとか願ネガって参マイるが、
あなたこなたと言イうがよい。 それは一時イットキのことである。
何事ナニゴトもむだ口グチを言イうな。 信心シンジンは、
末スエの安心アンシンを楽タノしみにしないと続ツヅかない、
299 家族カゾク中ジュウ親切シンセツにし合アい、 自分ジブン一人ヒトリがおかげを受ウけただけでなく、
信心シンジンをすれば、 子孫シソンに伝ツタわる信心シンジンをすることが大切タイセツである。
こころがそろうようになり、 家庭カテイが円満エンマンで、
みなおかげを受ウけられる。 主人シュジンが信心シンジンしなければ、
親子オヤコでも、 子孫シソンには伝ツタわらない。
心ココロが一ヒトつにならなければおかげにならない。 痛イタいのを願ネガうのは信心シンジンの糸口イトグチであるが、
それだけでは、
300 「家族カゾクが仲良ナカヨくいきませんが、 治ナオればお礼レイ参マイりをして、
どうしたら、 その後ゴは参マイらないことになる。
仲良ナカヨくなるでしょうか」 自分ジブンの心ココロを改アラタめて、
とお伺ウカガいすると、 よい子供コドモを得エることを、
「それは、信心シンジンするとよい。 信心シンジンの第一ダイイチの目的モクテキとしなければならない。
信心シンジンは家庭カテイに不和フワのないのがもとである。 一代イチダイの信心シンジンは神カミが喜ヨロコばない。
得トクをすると思オモって、
物事モノゴトをこらえるのが第一ダイイチである。 311 氏神様ウジガミサマの祭マツりの日ヒには、
言イい争アラソわないのがもとである。 家々イエイエでたいそうなことをしてお祭マツりをするが、
家族カゾク中ジュウその事コトを心得ココロエて信心シンジンすれば、 天地テンチ金カネ乃ノ神カミからは日々ヒビおかげを受ウけておりながら、
万事バンジにおかげをくださる」 その祭マツり日ビには特別トクベツのこともしないで、
と仰オオせられた。 ろうそく一本イッポンを供ソナえるくらいのことである。
白シロいご飯ハンを炊タいて、
301 世間セケンでは勢セイ信心シンジンということを言イうであろう。 おなますでもつけて供ソナえるようにせよ。
一人ヒトリで持モちあがらない石イシでも、 そうすれば子供コドモでも、
大勢オオゼイで、 お母様カアサマ、
よいしょと一度イチドに力チカラをそろえれば持モちあがる。 何事ナニゴトですかと言イって聞キくようになる。
家族カゾク中ジュウ、 わけを話ハナしてやると、
力チカラをそろえて信心シンジンをせよ。 神カミの恩オンを知シるようになり、
大オオきくなって、
302 女オンナは神カミに近チカい。 だんだん自分ジブンでも尊トウトぶようになる。
信心シンジンは女オンナからである。
312 子供コドモが十五歳ジュウゴサイにもなれば、
そろそろ身ミしのぎをする術スベを教オシえこまなければならない。
自分ジブンのことは自分ジブンで信心シンジンしておかげを受ウけさせるようにしなければならない。
親オヤから見ミれば、
大オオきくなっても子供コドモのように思オモうけれど、
かわいがり過スぎたり、
世話セワをやき過スぎると、
先サキのためにならない。
かわいい子コには旅タビをさせよ、
ということがあろう。
信心シンジンのありがたいことを話ハナしてやっていれば、
ひとりでに親オヤの跡アトを継ツいで信心シンジンするようになる。
303 女オンナの信心シンジンが、 313 話ハナシを熱心ネッシンに聞キくのはよいが、
神カミのお楽タノしみお喜ヨロコびである。 わが家ヤへ帰カエり、
懐妊カイニンの間アイダ、 大変タイヘンな信心シンジン家イエになって、
心ココロを改アラタめ磨ミガき、 うちの者モノを叱シカるばかりして困コマらせてはならない。
真心マゴコロの子供コドモを産ウんで養育ヨウイクせよ。 世間セケンには、
日々ヒビ食タべ物モノの取トり扱アツカいの注意チュウイ不フ注意チュウイによって、 あの人ヒトは講釈コウシャクはよいが、
病気ビョウキにかかることもあり病気ビョウキを除ノゾくこともある。 という講コウ釈シャクだおれがある。
子供コドモの間アイダは母親ハハオヤが子供コドモの真心マゴコロを作ツクるのである。 信心シンジンする者モノは、
また、着物キモノの洗濯センタクをするのも子供コドモの健康ケンコウのためである。 神カミの話ハナシを聞キいて納得ナットクしたら、
こうして役目ヤクメを油断ユダンなく心ココロがける者モノを見ミて 第一ダイイチに、
神カミは楽タノしみ喜ヨロコばれる。 自分ジブンがしてみて、
ここに母親ハハオヤの大ダイ責任セキニンがある。 それから言イい聞キかさなければならない。
神カミの前マエに参マイって自分ジブンの思オモうことを頼タノむばかりが信心シンジンではない。 口クチばかりの先生センセイではうちの者モノも聞キかないし、
神カミへ参マイらない時トキに信心シンジンすることがたくさんある。 神カミにも相アイかまないことになる。
304 ある人ヒトが、
子供コドモの数カズが多オオくそれぞれ性格セイカクが違チガうので 6 妊娠ニンシン・出産シュッサン
困コマっているとお願ネガいした。
金光コンコウ様サマはその人ヒトに、 314 子コは、
「もし、五本ゴホンの指ユビがみな同オナじ長ナガさでそろっていては、 わが力チカラで産ウむとは思オモうな。
物モノをつかむことができない。 みな親オヤ神カミの恵メグみによるのである。
長ナガいのや短ミジカいのがあるので物モノをつかめる。
それぞれ性格セイカクが違チガうので、 315 女オンナは世界セカイの田タ地チである。
お役ヤクに立タてるのである」 世界セカイの田タ地チを肥コやしておかなければ尊トウトいものができない。
と教オシえられた。 種タネをまいても、
やせ畑ハタケにはよい物モノができない。
305 年寄トシヨりを大切タイセツにせよ。 女オンナは妊娠ニンシンの時トキが大事ダイジである。
人間ニンゲンは自分ジブンの考カンガえで先サキに生ウまれて来キたのではない。 心ココロの良ヨい悪ワルいは子コにうつる。
みな、神カミのおかげで生ウまれて来キたのである。 体カラダに子コが宿ヤドると、
早ハヤく生ウまれた者モノほど世ヨのために働ハタラきを 食事ショクジが進ススみ、
たくさんしている道理ドウリであるから、 珍メズラしい物モノでも欲ホしいという心ココロになりやすいが、
年寄トシヨりを敬ウヤマうのである。 隠カクれて食タべるようなことでは、
よい子コはできない。
306 元気ゲンキを出ダして信心シンジンせよ。 陰カゲひなたの心ココロを持モった子コができるから、
年トシをとったのを苦クに病ヤむことはない。 そばの者モノがよく気キづかってあげるがよい。
年トシをとっても一人前イチニンマエにできるのは信心シンジンだけである。
信心シンジンしていると、 316 懐妊カイニン中チュウに、
年トシを重カサねるほど身ミに徳トクがついて、 考カンガえ違チガいをして無礼ブレイをしたり、
神カミがかわいがってくださり、 間引マビこうと思オモう者モノもあるが、
若ワカい者モノが大事ダイジにしてくれるようになる。 神カミからお与アタえくださるだけは産ウんで養育ヨウイクするがよい。
金カネは人間ニンゲンの力チカラで調トトノえられるが、
307 隠居インキョは幾イクつ何十ナンジュウになってもするものではない。 子供コドモは神カミのおかげでなければできないものである。
人ヒトは神カミが天地テンチの内ウチに働ハタラくようにお造ツクりされたのであるから、 子コを産ウむ者モノは、
幾イクつ何十ナンジュウになっても手足テアシの動ウゴく限カギりは働ハタラくのである。 神カミのご用ヨウを勤ツトめると思オモって辛抱シンボウすれば、
これが信心シンジンになる。
308 人ヒトは一代イチダイ、名ナは末マツ代ヨというが、
人間ニンゲンは一代イチダイの内ウチに、 317 子供コドモが大勢オオゼイできても、
死シんだ後アトへ名ナの残ノコるようなことをしておくがよい。 人間ニンゲン考カンガえで間引マビくことはするなよ。
そのように思オモって働ハタラけば、 神カミは、
年寄トシヨりが集アツまった時トキ、 人間ニンゲンの寿命ジュミョウがあるのとないのとは、
若ワカい者モノが礼レイを言イわない、 よく承知ショウチしている。
喜ヨロコんでくれない、 人間ニンゲンではそれがわからない。
と不足フソク話ハナシをしないですむ。 寿命ジュミョウのないものなら神カミが引ヒき取トってやる。
若ワカい者モノから、
おじいさんおばあさん、
話ハナシが聞キきたい、
と言イわれるような信心シンジンをせよ。