第ダイ四章ヨンショウ 信心シンジンの実践ジッセン
155 広前ヒロマエは信心シンジンのけいこをする所トコロであるから、
第ダイ一節イッセツ 信心シンジンの仕方シカタ よくけいこをして帰カエれ。
夜中ヨナカにどういうことがないとも限カギらない。
1 参拝サンパイ おかげはわが家イエでいただけ。
子供コドモがある者モノや日雇ヒヤトいの者モノは、
144 神カミ参マイりをするのに、 わが家イエを出デて来クるわけにはいかない。
雨アメが降フるから風カゼが吹フくからと、 病人ビョウニンがあったりすれば、
大儀タイギに思オモってはならない。 それをほうっておいて参マイって来クることはできないから、
その辛抱シンボウこそ、 家族カゾク中ジュウが健康ケンコウな時トキに、
身ミに徳トクを受ウける修行シュギョウである。 ここへ参マイって来キて信心シンジンのけいこをしておけ。
145 参拝サンパイするのに手間テマがかかる、
暇ヒマがかかると思オモってはならない。 2 取次トリツギ
それだけの手間隙テマヒマは、
神カミがすぐに取トり返カエしてくださる。 156 願ネガうことは、
何事ナニゴトもかなわないということはない。
146 みな、忙イソガしいからなかなかお参マイりができませんと言イう。 金光コンコウ大ダイ神カミの手続テツヅきをもって願ネガえ。
無理ムリに忙イソガしい時トキに参マイれと言イうのではないが、 何事ナニゴトもおかげがいただける。
おかげを受ウけていれば暇ヒマな日ヒという日ヒがあるものか。
今日キョウは雨アメが降フったからお参マイりしよう、 157 神カミの広前ヒロマエを勤ツトめる者モノは、
今日キョウは休ヤスみだからおかげを受ウけようと、 神かみの守り、も
暇ヒマをつくってお参マイり、 神カミの前マエ立タちである。
おかげを受ウけるがよい。 神カミのお手テ代ガわりである。
147 信心シンジンは手厚テアツくせよ。 158 神カミの取次トリツギは神カミがする。
わが家イエで信心シンジンしておりますと言イうのは、 真マコトの信心シンジンがある者モノは神カミである。
信心シンジンの抜ヌけはじめである。 そうであるから、
神カミの取次トリツギができるのである。
148 たびたび参マイって来コなくてもよい。 狐キツネや蛇ヘビや鳥トリなどに、
参マイってきても、 どうして神カミの取次トリツギができようか。
お金カネをこれだけ使ツカった、 何ナンの神カミは狐キツネが使ツカわしめ、
これだけあればあのことができたのにと思オモうようでは、 何ナンの神カミは蛇ヘビが使ツカわしめなどと、
神カミに心配シンパイをかけるようなものである。 いろいろなことを言イう人ヒトがあるが、
神カミは親オヤであるから、 天地テンチ金カネ乃ノ神カミは、
子コがお金カネの心配シンパイをするのは、 神カミの子コである人ヒトをもって使ツカいとなさる。
かわいそうに思オモわれる。
無理ムリにたくさんのお金カネを使ツカって参マイらなくても、、 159 神カミが天地テンチの理リをを説トいて、
わが家イエで信心シンジンしても守マモってくださる。 安心アンシンの道ミチを授サズけてやる。
149 参マイるな、 160 金光コンコウ大ダイ神カミの道ミチは祈念キネン祈祷キトウで助タスかるのではない。
参マイるなと言イっても、 話ハナシで助タスかるのである。
参マイらないとおかげは受ウけられない。
金光コンコウ大ダイ神カミが参マイるなと言イうのは、 161 ここへ参マイっても、
参マイってもおかげを受ウけなければ、 神カミの言イうとおりにする者モノは少スクない。
足アシがくたびれたり大切タイセツなお金カネを使ツカったりするだけで、 みな、帰カエってから自分ジブンのよいようにするので、
参マイって来クる者モノが困コマることになる。 おかげはない。
それで、 神カミの言イうことは道ミチに落オとしてしまい、
参マイるなと言イうのである。 自分ジブン勝手カッテにして、
神カミを恨ウラむ者モノもある。
神カミの一言ヒトコトは千両センリョウの金キンにもかえられない。
ありがたく受ウけて帰カエれば、
舟フネにも車クルマにも積ツめないほどの神カミ徳トクがいただける。
心ココロの内ウチを改アラタめることが第一ダイイチである。
150 私ワタシ一人ヒトリが参マイった時トキは、
金光コンコウ様サマは、
「たびたびよく参マイって来クるなあ。 162 差サし支ツカえのないように仕事シゴトを早ハヤくすませたり、
参マイって来クれば、 仕事シゴトのくり合アわせをつけておいて参マイって来キて、
来クるだけのおかげがあるからなあ」 話ハナシを聞キいて信心シンジンの勉強ベンキョウをするのである。
と言イわれ、しかし、 そうすると、
大勢オオゼイ連ツれだって、途中トチュウ、船フネの渡ワタし賃チンを払ハラわなかったり、 ひとりでにおかげが受ウけられるようになる。
ひばりを捕トるようなことをして参マイった時トキには、
「遠方エンポウを参マイって来コなくても、 163 信心シンジンは話ハナシを聞キくだけでは十分ジュウブンではない、
わが家ヤで壁カベでも拝オガんでおくがよい」 わが心ココロからも練ネり出ダすがよい。
と仰オオせられた。
164 いくら学問ガクモンがある、
151 参マイって来キなさいとは言イわないが、 よく理屈リクツがわかっているといっても、
たびたひ参マイった人ヒトは、 神カミ信心シンジンのことは、
たびたひ参マイっただけの神カミ徳トクはいただけるであろう。 わかっただけでは役ヤクに立タたない。
たとえば、 わが心ココロに食クいこんで、
学校ガッコウへ長ナガく行イった人ヒトは、 事コトにあたって実際ジッサイに出デてこなければ、
何ナニかと知シっていることが多オオい。 神カミの徳トクはいただけない。
たびたび参マイって来クる人ヒトは、
金光コンコウ大ダイ神カミの話ハナシを聞キき覚オボえて、
何ナニかと知シることがあろう。 3 祈念キネン
152 よく、ちょつと前マエを通トオりましたからついでに 165 神カミは昼夜チュウヤも遠トオい近チカいも問トわない。
参マイらせてもらいましたと言イって、 頼タノむ心ココロにへだてなく祈イノれ。
上アがり口グチで拝オガんで帰カエろうとする者モノがあるが、
ついでに参マイるからおかげがついでになる。 166 神カミを拝礼ハイレイするのに、
同オナじように前マエを通トオったのでも、 別ベツに決キまりはない、
わざわざここまで寄ヨって参マイらせてもらったという心ココロで、 実意ジツイ丁寧テイネイ、
神前シンゼンへあがって拝ハイ礼レイをしてみよ。 正直ショウジキ、
神カミはわざわざのおかげをくださる。 真マコト一心イッシンがかなめである。
日々ヒビ生イかされているお礼レイを申モウし、
153 痛イタい時トキはお願ネガい参マイり、 次ツギに、
痛イタくない時トキが信心シンジン参マイり。 お互タガい凡夫ボンプの身ミで、
知シらず知シらずにご無礼ブレイ、
154 参マイる者モノのほとんどはお願ネガいに参マイるのに、 お粗末ソマツ、
あなたは、 お気障キザワりなどをしている道理ドウリであるから、
いつもおかげを受ウけているお礼レイに参マイって来クる。 それをお断コトワりおわび申モウして、
神カミも満足マンゾクに思オモう。 それがすんだら、
おかげを受ウけてお礼レイに参マイって来クると、 身ミの上ウエのことを何ナニかと実意ジツイをもってお願ネガいさせてもらうがよい。
神カミも喜ヨロコび、
金光コンコウ大ダイ神カミもひときわうれしいが、 167 信心シンジンといっても別ベツにむずかしいことはない。
本人ホンニンもうれしいであろう。 親オヤにものを言イうように、
人間ニンゲンがおかげを受ウけて喜ヨロコばないと、 朝アサ起オきたら神カミにお礼レイを申モウし、
神カミも喜ヨロコべない。 その日ヒのことが都合ツゴウよくいくように願ネガい、
よそへ行イく時トキには、
行イってまいりますと言イってお届トドけ申モウし上アげよ。
そして、帰カエってきたら、
無事ブジに帰カエりましたとお礼レイを言イい、
夜ヨル寝ネる時トキにはまた、
その日ヒのお礼レイを申モウして寝ネるようにすれば、
それで信心シンジンになる。