第ダイ一イチ章ショウ 神カミと人間ニンゲン 第ダイ二ニ節セツ 神カミの働ハタラき
第ダイ一節イッセツ 神カミ 18 世界セカイ中ジュウ、天テンが下シタの者モノは、みな天地テンチ金カネ乃ノ神カミの子コである。
天地テンチ金カネ乃ノ神カミのおかげは世界セカイにいっぱい満ミちている。
1 天テンと地チの間アイダに人間ニンゲンがいる。 そのおかげがなければ空気クウキがないのと同オナじで、
天テンは父チチ、地チは母ハハである。 人間ニンゲンは一時イットキも生イきてはいられない。
人間ニンゲン、また草木クサキなど、みな天テンの恵メグみを受ウけて、
地上チジョウに生イきているのである。 19 今イマも昔ムカシも、これから何万年ナンマンネンたっても、
世ヨの中ナカは変カわりはしない。
2 天地テンチは生イき通トオしである。 同オナじことである。
天地テンチが生イきているから、 人ヒトもきれなければ、食タべ物モノもきれることはない。
人間ニンゲンもみな生イきていられるのである。 次々ツギツギに種タネが生ハえて続ツヅいていく。
3 天地テンチ金カネ乃ノ神カミは昔ムカシからある神カミである。 20 いろいろの神カミや仏ホトケに頼タノんで、
途中トチュウからできた神カミではない。 おかげがあると言イうけれども、
天地テンチははやることがない。 おかげのできるもとは天地テンチ金カネ乃ノ神カミのほかにない。
はやることがなければ終オわりもない。
天地テンチ日ヒ月ツキの心ココロになることが大切タイセツである。 21 願ネガう心ココロは神カミに届トドくものである。
信心シンジンはしなくてもおかげは授ジュけてある。 天地テンチ金カネ乃ノ神カミは、くもが糸イトを世界セカイ中ジュウに張ハったのと同オナじことである。
糸イトにとんぼがかかればびりびりと動ウゴいて、
4 神カミは人間ニンゲンの本体ホンタイの親オヤである。 くもが出デて来クる。
信心シンジンするのは親オヤに孝行コウコウするのと同オナじようなものである。 神カミも同オナじことで、空気クウキの中ナカにずっと神カミの道ミチがついているから、
どれほど離ハナれていても、拝オガめばそれが神カミに届トドく。
5 天地テンチ金カネ乃ノ神カミは人間ニンゲンの親オヤ神カミである。
かわいいわが子コを、 22 天地テンチ金カネ乃ノ神カミのおかげで生イかしてもらっている人間ニンゲンは、
どうして難儀ナンギに遭アわせなさるであろうか。 合アわせ鏡カガミの間アイダに置オいてもらっているようなものである。
わが子コをもって納得ナットクするがよい。 悪ワルいことも善ヨいことも、
みな鏡カガミに映ウツるように神カミはご承知ショウチである。
6 わが子コのかわいさを知シって、 信心シンジンして、真マコトの心ココロにならなければならない。
神カミが人間ニンゲンをお守マモりくださることを悟サトれよ。
23 天地テンチ金カネ乃ノ神カミがお守マモりくださっていることを一番イチバン早ハヤく知シるには、
7 目メには見ミえないが、 夏ナツの土用ドヨウに自分ジブンの腹ハラをおさえてみよ。
神カミの中ナカを分ワけて通トオっているようなものである。 腹ハラは冷ツメたい。
畑ハタケで仕事シゴトをしていようが、 また、冬フユの寒中カンチュウには、体カラダの内ウチへご陽気ヨウキをお与アタえくださるので生イきておられる。
道ミチを歩アルいていようが、 このようにお守マモりくださっている。
天地テンチ金カネ乃ノ神カミの広前ヒロマエは世界セカイ中ジュウである。 四季シキに応オウじて昼夜チュウヤの別ベツなく、
息イキのさし引ヒきまでお守マモりくださるのである。
8 天地(てんち)金(かね)乃(の)神(かみ)が社(やしろ)に入(い)られたら、
この世ヨは暗闇クラヤミになる。 24 鳥トリや獣ケモノがどのようにして生イきていくかを考カンガえてみても、
神カミの社ヤシロは、 神カミのお恵メグみがわかる。
この天テンと地チである。 冬フユになったといって重カサね着ギをするでもなく、
夏ナツになっても一枚イチマイも脱ヌぐことはない。
9 天地テンチ金カネ乃ノ神カミのご神体シンタイは天地テンチである。 神カミはそれでちゃんとさしつかえないように育ソダてておられる。
宮(みや)社(やしろ)に鎮(しず)まり納(おさ)まっておられるのではない。 牛ウシなどが子コを産ウんでも、別ベツに親オヤが温アタタめてやることもないが、
真マコト一心イッシンの心ココロに神カミがおられて、 それでも大オオきくなる。
おかげになる。 木キにしても、はじめは目メにも見ミえないような双葉フタバであるが、
だれが育ソダてるということもないのに、
10 大阪オオサカからお参マイりしたる信者シンジャが、 大木タイボクになって世ヨのためになる。
「金光コンコウ様サマ、大阪オオサカは広ヒロうございます。 人ヒトはみなその恩オンを受ウけている。
四区シク二ニ郡グンに分ワかれておりますから」 このようなことを考カンガえてみても、
と申モウし上アげたら、 神カミのありがたいことがわかる。
「大阪オオサカは広ヒロいなあ、しかし、神カミから見ミれば みな、よく物モノの道理ドウリを知シって信心シンジンしなければならない。
けし粒ツブよりは少スコし小チイさかろう」
と仰オオせられた。
11 人ヒトは十年ジュウネンは長ナガいように思オモうけれども、 25 山ヤマにも種々シュジュの物モノができ、川カワにもいろいろの魚サカナがいる。
神カミにとっては、 海ウミにも種々シュジュの魚サカナがいる。
あちらを向ムいてこちらを向ムく時間ジカンほどもない。 これを漁師リョウシが取トって商人ショウニンが売買バイバイし、
だれでも好スきな物モノを買カい求モトめて食タべ、
12 神カミは声コエもなく、形カタチも見ミえない。 体カラダを丈夫ジョウブにして世ヨの中ナカのために働ハタラくように神カミがお守マモりくだされている。
疑ウタガえば限カギりがない。 何ナンでも世ヨの中ナカの実物ジツブツに当アたって考カンガえれば、
恐オソれよ。 しだいにありがたいことがわかる。
疑ウタガいを去サれ。 四季シキに応オウじて、毎年マイネン、人間ニンゲンが楽タノしみ待マっている物モノができる。
それを買カい求モトめて食タべ、
13 天地テンチのことをあれやこれやと言イう人ヒトがあるが、 体カラダを丈夫ジョウブにしていただけるのである。
人間ニンゲンでは天地テンチのことはわからない。 四季シキの変カわりは人ヒトの力チカラでは自由ジユウにならない。
天地テンチのことが人間ニンゲンでわかれば、
潮シオの満ミち干ヒもとめられよう。 26 水ミズが毒ドクというが、水ミズを毒ドクと思オモうな。
水ミズは薬クスリという気キになれ。
14 天地テンチ金カネ乃ノ神カミは、幾イク千セン万年マンネン、 水ミズを薬クスリという気キになれば、腹ハラの病気ビョウキはさせない。
天地テンチのある限カギりただ一ヒトつであるけれども、 水ミズあたりということも言イうな。
ほかの神カミは年々ネンネンに増フえる。 水ミズがなくては一日イチニチも暮クらせまい。
稲イネの一穂イチホも五合ゴゴウの水ミズをもって締シめ固カタめるというではないか。
15 天地テンチ金カネ乃ノ神カミは、神カミ、仏ホトケをいとわない、 水ミズの恩オンを知シれ。
神道シントウの身ミの上ウエも仏教ブッキョウの身ミの上ウエも、区別クベツなしに守マモってやる。
神道シントウも仏教ブッキョウも天地テンチの間アイダのものであるから、 27 神カミは、体カラダの毒ドクを日ヒに日ヒに大便ダイベン小便ショウベンで取トってくださる。
何ナニ派ハかに派ハなどと、宗旨シュウシ論ロンをしたり、
凝コり固カタまったりするような狭セマい心ココロを持モってはいけない。
心ココロを広ヒロく持モって、世界セカイを広ヒロく考カンガえていかなければいけない。
16 伊イ邪ヨコシマ那ナ岐キ、伊イ邪ジャ那ナ美ミ命メイも人間ニンゲン、
天照大神アマテラスオオミカミも人間ニンゲンであり、
その続ツヅきの天子テンシ様サマも人間ニンゲンであろう。
神カミとはいうけれども、みな、
天地テンチ金カネ乃ノ神カミから人体ジンタイを受ウけておられるのである。
天地テンチの調トトノえた食物ショクモツをいただかれなければ命イノチがもつまい。
そうしてみれば、やはりみな、天テンが父チチ、地チが母ハハであって、
天地テンチ金カネ乃ノ神カミは一段イチダン上ウエの神カミ、神カミたる中ナカの神カミであろう。
17 これまでは、忌イみ汚ケガれを言イう神カミばかり。
忌イみ汚ケガれを言イっていては、人ヒトは助タスからない。
天地テンチ金カネ乃ノ神カミは、忌イみ汚ケガれを言イわない神カミである。
ここをよく悟サトることが大切タイセツである。